2013年11月26日火曜日

中国防空識別圏(7):「防空識別圏設定」の真相―1年前から計画していた!

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●23日、中国が尖閣諸島を含む東シナ海上空の防空識別圏設定を発表。中央テレビ局(CCTV)は、まるで宣戦布告のような勢いでその経緯度を読み上げたが、それは日本の防空識別圏と重なっている。中国の防空識別圏設定の背景と経緯を解読する。資料写真。


WEDGE_Infinity 2013年11月26日(Tue) 
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/3379

防空識別圏設置で証券業界が恩恵を期待
日中摩擦の陰に蠢く中国の軍需産業

中国の国防部は23日、東シナ海に防空識別圏(Air Defense Identification Zone、ADIZと略称)設置を発表した。尖閣諸島の領有権を巡り日中関係は膠着状態にあるが、中国側は領海のみならず領空でも主張を強め、防空識別圏を設けることでより強硬に日本に譲歩を迫るようになっている。

■日中の軍事や国防に関する認識の違い

今回中国側が発表した防空識別圏の範囲が日本の防空識別圏と重なる部分が大きいことから不測の事態が起きかねないと懸念が高まっているが、そうした日本での懸念をよそに中国国内では防空識別圏の設置は支持を集め、それどころか軍需産業の株価が上がるとの期待さえ出ている。

そこで中国の株式業界が防空識別圏設置に期待を示す2本の記事を紹介したい。
一つは証券日報(ネット版)25日の「国防部が東シナ海に防空識別区設置を宣告―3つのレベルから投資価値を分析」(3つのレベルが何を指すのか判読しにくいが、資金の流れ、政策的支援、投機の機会、と思われる:筆者)という記事。
もう一つは中国証券報ネット版に掲載された「東シナ海防空識別区の設立―中国衛星など北斗概念で受益」である。

今回の防空識別圏の設定は昨年秋に「中華民族の偉大な復興」のスローガンを掲げて習近平政権が登場し、富国強兵(中国的にいえば「富強」)を実現するため強靭な国防産業の育成を打ち出していることを受けてであろう。
第二次大戦後に敗戦国として経済成長を第一に発展してきた日本と戦勝国として、経済成長と軍事力増強を二つの柱として発展してきた中国との軍事や国防に関する認識の違いをまざまざと感じさせる記事といえるだろう。

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記事①【2013年11月25日 証券日報(抄訳)】

国防部は11月23日に以下のような通達を出した。

「中国政府は1997年3月14日に出した『国防法』、1995年10月30日の『民用航空法』と2001年7月27日の『飛行基本規則』に基づき東シナ海に防空識別区を設置することを宣告する」

業界(証券:筆者)では対外的に国の主権と対国内の安全と社会安定の必要性から国防と軍隊で全面的な改革を深めることは、軍需産業にとっても良いことと捉えられている。
軍需産業の成長を加速させ、研究開発制度の改革を進めて一部の民間企業が軍需産品の研究開発に参入できるようにすることは業界の長期的投資価値の面でもプラスだと見られている。

この2週間で航空宇宙産業では全体的に株価上昇が顕著だが(11月9日から12日にかけて開かれた第18期党中央委員会第3回全体会議〔通称3中全会〕で国防分野でもその強化と民間の活用が決定され、軍需産業の株価が上昇中:筆者)、この分野の上昇は合わせて12.8%にもなり、22の航空宇宙産業だけで上昇率は20%となった。
「航天長峰」、「航天通信」、「中国嘉陵」、「航天動力」、「洪都航空」、「中航電子」、「中航動控」などの株式は短期間で伸び幅が30%を超えた。

資金の流れから見ると、この2週間で航空宇宙産業分野の軍需産業への資金流入があり、この期間で個別の株価が1000万元(1元=16円。約1億6000万円)を超える株が37となり、10の銘柄(「洪都航空」、「中国衛星」、「航天電子」、「航空動力」、「中航動控」、「中船舶」、「航天長峰」、「中航電子」、「中航精機」、「航天動力」)で資金流入は合計で21億6800万元となった。

多くの業界関係者は、軍需産業の株価上昇は始まったばかりで2014年全般にかけて航空宇宙産業で投資の機会があると見ている。
この分野で2012年が転換点の年であるなら、2013年は門出の年といえるかもしれない。
国の政策、産業発展の趨勢、軍需産業の証券化(株式市場での資金調達)といった3つの側面から見て、この業界は中長期的な投資価値があるといえよう。

信達証券によると、国家安全保障にはまず強大な軍事力が必要であり、国防科学工業を基礎とした軍事装備は一国の軍事力を構成する重要な要素である。そのため軍需産業は絶対に重視される分野だというのだ。
そしてその中でも航空宇宙産業の技術レベルは国の防衛技術が集中する分野であり、中国の国防や軍事の近代化には極めて重要な位置を占めている。 
航空宇宙産業のような最先端技術が詰まっている軍需産業は確実な成長業界だという。

投資の機会という側面では「航天証券」によると、航空機製造業では「哈飛股份」、「洪都航空」が注目に値するという。
航空機の部品では「中航電子」、「中航精機」などの株だ。北斗衛星ナビゲーションシステム関連分野では今年(2013年)は依然、初期投資?を行う、市場開拓期だが、来年(2014年)からは業績に表れると見込まれており、「中国衛星」や「国騰電子」が注目に値する。
「兵器集団」系統では「長安自動車」、「北方創業」といった株式が優良株とされている。

■「防空識別圏の設置は十分に法律に依拠している」

記事②【2013年11月25日 中国証券報ネット版(抄訳)】 

「中国衛星」社の証券部関係者によると、同社では中型、小型の衛星分野では国内の上場企業の中で圧倒的な優勢を誇る。
軍事と民間領域はセットになっており、同社関連の上場企業では「海格通信」(本社・広東省広州市。
もともとは海軍艦艇用の無線機器を製造する国営750工場から発展:筆者)や「北斗星通」(本社・北京市)といった企業が恩恵を受けるだろう。
(北斗星通等の衛星やレーダー業界が恩恵を受けるだろうというあからさまな別の記事もある)

「中国衛星」社の2013年1月から9月までの財務報告によると、同社の収入は29億8600万元で前年比10.5%増だった。
これは共産党18回大会(昨年11月:筆者)を受けて軍事や国防の分野で大きな動きがあったためであり、軍需産業の株式はそれ以来、上昇を続けている。

2020年までの中国衛星ナビゲーション産業の発展状況を予測すると、将来の産業規模は4000億元まで拡大するとみられ、北斗ナビゲーションシステム(中国版GPSシステム:筆者)やそれに関連した産品で広い応用が期待され、このシステムによる国内衛星ナビゲーション市場で60%、重要な応用分野では80%超の貢献が見込まれているという。

広発証券の分析によると、東シナ海での防空識別圏の設置は軍需産業の各分野の政策に明らかなプラスの作用を与える。
国防部の楊宇軍スポークスマンは、中国政府は東シナ海の防空識別圏の設置は十分に法律に依拠しているだけでなく、通行の国際慣習にも合致していると述べている。
(記事では軍需産業の株式取引は法的、慣習的に問題ないと主張したいのだろう:筆者)

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【解説】

日中間で摩擦が高まる中で、防空識別圏の設置は株価上昇にプラスの影響がある、という上記の記事は日本からすると不謹慎に思える。
敗戦国として始まり、戦後からの復興を遂げてきた日本と、戦勝国として国を作ってきた中国では軍事や軍需産業についての感覚が全く異なっていることをまざまざと感じさせる。
こうした「感覚」の違いは防空識別圏の問題に限らず、日中間での安全保障問題を考える前提として踏まえておかなければならない。

日中間では平和や国のあり方についての視点が異なるだけではなく、近年起きつつある「パワーシフト」を巡る認識も両国間の摩擦に輪をかけている。
中国は高度成長とそれに伴った世界第2位への台頭によって「もはや隣国の小国には侮られない」と自尊心を強めており、大国意識が増していることも強気の一因であろう。
一方日本ではこうした中国に対して嫌悪感が高まり、それが歴史認識などの面での反発を強める原因となっている。

■期待に冷水を浴びせた

中国の軍需産業はといえば、ここ数年活況を呈している。
中国には10の軍需コングロマリットが存在する。
「10大軍工集団」(航天科技集団、航天科工集団、航空工業集団、船舶重工集団、船舶工業集団、兵器工業集団、兵器装備集団、核工業集団、核工業建設集団、電子科技集団の10のグループ、全て頭に「中国」がつく)と呼ばれ、機構改革が進められ、統廃合が行われてきたが、現在でも依然として各グループでは中国兵器工業集団のように30万人もの従業員を抱えるところもあり、その規模は資金的にも、産業規模でも、影響力でも巨大である。

さきに新たな空母の建設の際に株式によって資金調達を目指すという記事を紹介したが(9月17日)、中国ではこの10年ほど「軍民融合」と称して民間の技術を軍事利用したり、軍事技術を民間に転用するといった相互性を高める方針のもとに、より広く社会、市場からの資金や資源の調達が目指されるようになっている。
こうした方針はさきの3中全会でも再確認され、産業の振興が図られる一方で、軍需産業の分野でも政府の関与を減らして市場ファクターを増やすことが試みられている。

今回の防空識別圏の設定は皮肉なことに中国の軍需産業にとって「恵みの雨」になる可能性を秘め、証券業界も期待を寄せている。
しかし、その一方で経済発展や国際経済の進展が相互依存を深め、日中間で経済交流が増大すれば緊張が緩和するかもしれないという日本側の淡い期待を御破算にしている。

こうした傾向は更に政治面での関係改善が困難でもせめて経済面でも改善させたいという、「政冷経冷」から「政冷経熱」への転換可能性に対する期待に冷水を浴びせるものでもある。
財界代表団が訪中して両国間の緊張緩和に出口が見えるかに思えた矢先の防空識別圏の設定の背後に中国国内で蠢く(うごめく)軍産複合体の影を垣間見た思いである。

弓野正宏(ゆみの・まさひろ) 早稲田大学現代中国研究所招聘研究員
1972年生まれ。北京大学大学院修士課程修了、中国社会科学院アメリカ研究所博士課程中退、早稲田大学大学院博士後期課程単位取得退学。早稲田大学現代中国研究所助手、同客員講師を経て同招聘研究員。専門は現代中国政治。中国の国防体制を中心とした論文あり。



レコードチャイナ 配信日時:2013年11月27日 6時54分
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=79661&type=0

中国「防空識別圏設定」の真相―1年前から計画していた!

 2013年11月23日、中国が尖閣諸島(中国名、釣魚島)を含む東シナ海上空の防空識別圏設定を発表した。

 中央テレビ局(CCTV)は、まるで宣戦布告のような勢いでその経緯度を読み上げたが、それは日本の防空識別圏と重なっている。
 まさに尖閣諸島上空部分で重なっているのだ。日本政府が中国側の設定は無効であると宣言し、中国の一方的な設定の撤回を強く求めたのは、当然のことだ。

 あの媚中外交にはまり込んでいる韓国や北京政府寄りの台湾(馬英九)さえ懸念を示し、米国は「(地域の安定に関して)挑発的である」として中国に警告。
 中国政府は関係国の抗議や批判に対して激しく対抗している。
 本稿では、中国の防空識別圏設定が出てきた背景と経緯を解読する。

◆立体巡航――2012年12月13日に中国機が初めて領空侵犯

 2012年9月14日(日本時間)、中国の国連代表だった李保東は、尖閣諸島を含む海図を、「中国の領土」として潘基文(パン・ギムン)事務総長に提出した。
 続いて同年12月13日午前11時前後、中国の航空機が尖閣諸島の上空で領空を侵犯。

 9月11日の野田内閣による尖閣諸島国有化閣議決定を受けて、尖閣諸島周辺で中国の漁業監視船や海洋監視船が航行を続け、接続水域を出入りする状態が常態化していたが、
領空侵犯までしたのは、このときが初めてだ。

 実は12月13日は「南京事件」の日で、南京市では午前10時に巨大なサイレンが鳴って南京市民が黙祷をする習わしがある。
 日本と中国の時差は1時間。日本時間の午前11時前後は、まさにこの10時に当たる。

 このとき同時に中国の監視船が尖閣諸島周辺の領海をも侵犯している。
 中国の国家海洋局のウェブサイトにはその瞬間、釣魚島の「立体巡航に成功した」という大きな文字が躍った。
 「立体巡航」とは領海を面積としてその垂線上方に延びる線を結ぶ「立体」を全て中国が領有権を持つ空間として「巡航」するという意味である。
 中央電視台(中央テレビ局、CCTV)も、まるで戦争に勝ったような勢いで「立体巡航」を報道。
 ネット空間も炎上した。

この時の新華網のニュース記事などで、今でも「立体巡航」に燃えた中国の熱気を窺い知ることができる。

◆防空識別圏――2013年1月10日が分岐点

 2013年1月10日、尖閣諸島北方の東シナ海上空で、中国人民解放軍の軍用輸送機Y-8が、日本の防空識別圏に入ったのを受けて、日本の航空自衛隊F-15戦闘機2機が緊急発進(スクランブル)で対処した。
 同日、情報収集などに当たる日本の自衛隊機に対して、中国人民解放軍の戦闘機J-10(殲10)やJ7(殲7)が緊急発進をしたことがあった。
 その翌日の2013年1月11日から、中国のネット空間に「防空識別圏」という言葉が頻出するようになる。
 それらには日本の自衛隊法第84条第1項が規定する「領空侵犯に対する措置」に触れたあと、「防空識別圏と領空とは異なる」という趣旨のことが書かれている。
 9月に入ると、「環球新軍事」などが本格的に「防空識別権」に関して書きたて始め、「もう既に日本の家の玄関にまで迫っているよ」とか「中共中央軍事委員会は、とっくの間に防空識別圏設定を許可しているよ」といった書き込みがネット空間に現れ始めた。

◆決めるのは中共中央軍事委員会

 中国が防空識別圏を設定するという決定をしたと公表したのは、国務院(中国人民政府)の中央行政省庁の一つである国防部だ。
 しかしその決定をしたのは中共中央軍事委員会である。
 その主席は習近平。
 習近平は中共中央総書記と国家主席を兼ねると同時に、軍事委員会の主席も兼任している。
 政府は党の下にある。
 すべてが「党の指導」で行われていることを忘れてはいけない。

■ではなぜ今なのか?

 1年前から計画されていたとはいえ、今この時期であることには理由がある。

 今年9月11日の尖閣諸島国有化の日と、9月18日「満州事変」の日に反日デモが鎮圧されたのは記憶に新しい。
 鎮圧した原因は、薄熙来裁判があり、また「毛沢東の肖像画」が並んで反日デモが反政府デモに転換していくのを恐れたからだ。
 
 その代わりに「売国政府」と罵倒されないために、中共中央は9月、尖閣諸島への領空領海侵犯を強めた。
 今般また日本の領空への侵犯を一段と強めたのは、10月24日に「周辺外交工作座談会」をチャイナ・セブン(中共中央政治局常務委員7名)が開いて、「釣魚島問題は一歩も譲れないが、対日関係は改善すべきだ」と習近平が発言したからだ。
 さらに習近平は「日中の経済交流と民間交流を強化せよ」と付け加えた。
 これではまた「売国政府」と罵倒されてしまう。
 そのために対日強硬策に出た。 
 こんなことを繰り返さなければならないところに、中国は本当は追い込まれている。

 尖閣諸島が日本の領土であることは疑う余地がない。
 にもかかわらず中国は韜光養晦(とうこうようかい=力のない間は闇に隠れて力を養え)を捨てるにつれて、理不尽なことを強引にやり過ぎている。
 内部から沸き上がる多くの矛盾との狭間で、やがて中国自身が苦しむことになるだろう。

 日本政府が日本の民間航空機に
「中国に通報する必要はない。従来通りに動け」

と指示を出したのは正しい。日
 本は今般の厳しい局面をチャンスとして活かし、良識ある国際世論形成に尽力することが望まれる。

(<遠藤誉が斬る>第10回)
遠藤誉(えんどう・ほまれ)
筑波大学名誉教授、東京福祉大学国際交流センター長。1941年に中国で生まれ、53年、日本帰国。著書に『ネット大国中国―言論をめぐる攻防』『チャイナ・ナイン―中国を動 かす9人の男たち』『チャイナ・ジャッジ毛沢東になれなかった男』『チャイナ・ギャップ―噛み合わない日中の歯車』、『●(上下を縦に重ねる)子(チャーズ)―中国建国の残火』『完全解読「中国外交戦略」の狙い』など多数。 
』 



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